去年の12月の初めに地域の歴史を研究している人から電話があった。
町にある神社と、近くの寺の歴史を知る人を紹介して欲しいということだった。
「たぶん居ないかも知れない」。電話を受けながら、そう思った。
この町はダムに村が水没することになり、集団移住先として誕生した。
神社と寺は水没した村から移した建物で、かなり立派なものだ。
しかし、村がダムに水没する計画が発表されて以降、村の人間関係は複雑になり、村の歴史を語る人も減った。ダムが完成してもうすぐ50年になる。当時の移住交渉を実際に見聞きした人たちも鬼籍に入る頃となり、ましてや神社仏閣のいわれを伝承している人はいない。
残っているのは白峰村村史に書かれていることくらいだろう。
ダムに水没して地図から村が消えた。そして、それは村の人たちが知っているだけ、言い伝えられていただけのこと全てが消えることだったと、最近になって気が付いた。